FC2ブログ
03«1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.»05

よそものネット

在外邦人と賛同者の 脱原発ネットワーク

2月1日おしどりマコ・ケンさん講演会の動画 


この記事の時の、おしどりマコ・ケンさん講演会の動画をYouTubeにアップしました。

講演会後のSciences et Avenirのインタビューとお楽しみはこちらをクリック!

スポンサーサイト

category: アクション

cm 0   tb 0   page top

3月29日(金)イナルコにて避難家族の講演会を行いました。 

 今回もイナルコの協力を得て、ビュテル氏の授業「一年現代社会論」の枠内で避難家族の講演会を行いました。1554798662038blob.jpg  東京に避難した鴨下一家からは、まず母親の美和さんが発言しました。要素131の汚染地図を見せ、いわき市、郡山市等人口の多い地区は米ヘリコプターが避けて通り、測定から外されていた事を説明しました。  
 その次に、16歳の全生さんが学校でのいじめを経験した後、転校し別名で生活した事、その後やはり本名で生きる決心をし、ローマ法王へ手紙を書くまでに至った心情を綴った手紙を読みました。  
 父親の祐也さんは復興庁出版の「放射線のホント」には嘘の記載があり廃刊にするよう訴え、用意した署名用紙30人分は学生達により全て署名されました。 1554798581630blob.jpg  大阪に子供達と避難中の森松明希子さんは、父親は福島に残っている事、子供の甲状腺がん多発について話し、放射能を避けるための避難は基本的人権であると訴えました。  
 質疑応答では来年行われるオリンピックも含め福島への観光についての質問もあり、復興という名の元に福島原発事故が葬られようとしている現実が理解されました。  
 教室は約80人の学生と一般人で埋まり、興味を持って聞き入っている学生達の様子が印象的でした。  
  講演会の後は、近くの中華料理店にて交流会を持ちました。 1554804756440blob.jpg

category: アクション

cm 0   tb 0   page top

子ども達を福島事故の被ばくから守る母親ツアー パリ 

日時 4月3日 19:30
場所 パリ2区市庁舎 Salle des expositions
入場無料,通訳付き。

1554117646781blob.png 
 
  

category: アクション

cm 0   tb 0   page top

3月16日(土)気候マーチ / 世紀のマーチ 

 昨年から継続して行われている気候マーチ、今回は規模も大きく「世紀のマーチ」と名付けられました。 その名に恥じることなく、パリで10万人、全国では220の市町村で合計35万人の参加者があったと主催者は発表し、 歴史的なマーチだったと報道されました。
 トロカデロをお昼に出発しオペラに14時過ぎに到着した時、身動きが取れない程の人出にデモ隊は立ち往生を余儀なくされました。 家族連れ、若者達が目立つ中、黄色いベスト達も含む多くの市民は、賑やかな音楽を耳にし色々なスプレヒコールを共に叫び、 思い思いの手作りのプラカードを持ち、レピュブリック広場へと10㎞以上の道のりを闊歩したのです。 1552934085071blob.png     前日の3月15日には若者達による国際アクションがあったばかりでした。  
   100か国以上に及ぶ市町村で100万人以上の若者たちが、地球温暖化を制限する為の政策を政権に迫ったのです。  
   そしてフランスでは17万人以上の高校生と学生達が授業を放棄し街に出て「気候と社会の為の正義 ‼」を要求しました。  

   よそものはSNPと共にCO2も原発も要らない、事故が起こる前に原発は止めなくてはならないと訴えてきました。
1552933564714blob.png
  1552934741605blob.png 

category: アクション

cm 0   tb 0   page top

福島から東京と大阪へ避難した家族の講演会を行います。皆様のお越しをお待ちしております。 

Conférence-débat avec deux familles de réfugiés de Fukushima, victimes de l’acc ident nucléaire 


  Mme Akiko Morimatsu et Mme Miwa Kamoshita ont décidé de quitter leur lieu de résidence dans le département de Fukushima à cause de l’accident nucléaire survenu en 2011. Leurs communes n’ont pas été décrétées «zone à évacuer», pourtant, comme elles ont pu le constater dans leur quartier, le niveau de la radioactivité était beaucoup trop élevé pour y vivre et y élever leurs enfants en sécurité.

  Toutes les aides publiques au logement destinées aux personnes réfugiées de leur propre initiative hors des régions contaminées vont être supprimées en mars 2019.
  En mars 2018, Mme Morimatsu et Mme Kamoshita, ont décidé d’aller plaider à Genève, auprès du Conseil des droits de l’homme de l’ONU, pour leur droit fondamental à vivre avec leur famille dans un environnement sain.
  Venues cette année à Paris avec leurs enfants, elles témoigneront de la situation vécue huit ans après la catastrophe par de nombreux réfugiés de Fukushima, et présenteront les différents problèmes que rencontreraient des habitants exposés à un nouvel accident nucléaire majeur ailleurs dans le monde.


Mercredi 3 avril à 19h30
Mairie du 2 ème arrondissement
salle des expositions
8, rue de la Banque 75002 Paris
traduction consécutive japonais- français
Entrée libre


Organisateurs:
Yosomono-net France,
Sortir du nucléaire Paris 

www.sortirdunucleaire75.org
http://www.facebook.com/sortirdunucleaire75


Contact : Yûki Takahata
Email : youkitakahata@gmail.com - Tél. 06 84 07 03 45
Mme Morimatsu et ses enfants
Ci-contre, à gauche,
Mme Kamoshita


Tract FukuRéfugiés2019 OK   

category: アクション

cm 0   tb 0   page top

3月10日(日)福島原発事故8周年集会を行いました。 

 雨が時々降ったり、冷たい突風が吹いたりの初春らしい不安定な天気の日曜日、それでも集会が進むにつれて青空が広がりました。数日前にパリ市から会場変更の通知があり、集会はスタリングラード広場で行われました。パリ中心の東に位置する、運河が見渡せる静かな広場です。 14時46分、力強く心に響く繋がり太鼓の演奏から始まりました。 1552405689511blob.jpg 
DSC_1717.jpg 
 武藤類子さんの福島からのメッセージを読み、黙祷、ダイインで犠牲者への追悼としました。 トランペットの音色が静かに現実へと導いた後、日本の現状を説明し、来年日本で行われるオリンピックへの反対を表明し、小出裕章さんのメッセージを配布しました。 15524149520.jpeg 

 チェルノブイリの現状、フランスの原発状況及び廃棄物を含めた問題点、核兵器抑制と核兵器禁止条約、脱原発が進むヨーロッパの中での原発推進国フランス、原発の下請け労働者、今後のエネルギー政策と脱原発運動等に付いての報告が各団体からありました。 1552405830081blob.jpg  

 スピーチが終わった後はおやつを配り、グループ内で活発な話し合いが続きました。  


 2011年以来毎行う集会、今年の参加者は数百人でした。



DSC_1731.jpg


IMG_0907.jpg


IMG_0911.jpg


15524151270.jpeg  



 よそものの会員も10人以上が参加し、武藤さんのメッセージを配布し、参加者達と日本の話もしました。  

 会員それぞれが手作りの日本の食べ物、飲み物を沢山用意し、色華やかな私達のブースには訪れる人も多く盛況でした。 皆と協力して8周年集会を成功裏に終えられた事を良き思い出として、これからの活動の糧にしていきましょう。  


 お疲れさまでした。

category: アクション

cm 0   tb 0   page top

福島からのメッセージ 

 今年も福島在住の武藤類子さん(福島原発告訴団団長、フクシマ・アクション・プロジェクト共同代表)からメッセージが送られてきました。日本語とフランス語でお知らせします。
3月10日にはメッセージのフランス語訳を読み上げる予定です。


 原発事故から丸8年の月日が経ちますが、変わらず福島に関心を寄せ、応援をして下さり、ありがとうございます。そして世界中の原発をなくすためのご努力に感謝致します。3.11が近づくと当時を思い出し、胸がざわつきます。そして今なお、事故によって起きた理不尽と苦しみが、終わらずに続いていることを再認識します。

昨年は、私にとって大きな一年となりました。2012年に告訴し強制起訴となった、東京電力元幹部の原発事故の責任を問う刑事裁判が35回も開かれ、その傍聴に明け暮れました。公判の中で、今まで闇に眠っていた多くの真実が明らかにされました。地震や津波の権威ある専門家たちで構成される政府機関が公表した予測では、福島県沖で巨大な地震津波が起きることは、十分注意すべき確率だったこと、それを受けて東電社員たちは津波予測の計算を行い15.7mの津波高を得て、具体的に対策も考えていたこと、3人の被告人はその情報を受ける様々な機会を持ちながら、対策を何もせずに原発を運転し続けたこと。それらが多くの証言、メール、議事録などの証拠から浮かび上がってきました。それに対し、被告人らは「見ていない、聞いていない、記憶にない、自分には権限がない」などと無責任な主張を繰り返すばかりでした。
   昨年末、検察官役の指定弁護士は論告で「被告人らは自らの事故の責任を否定し、他者に責任を転嫁しようとする供述ばかり」「原子力事業者の最高経営層に属するものの態度としては、到底考えられない」と指摘し、「被告人らに有利に斟酌する事情は何一つない」として、3人に業務上過失致死傷罪の上限となる禁錮5年を求刑しました。3月13日の東電側の最終弁論で結審し、判決は夏ごろになるでしょうか。
   事故を起こした企業の責任がきちんと問われ、これ以上悲惨な原発事故がもう二度と起きないように、裁判所が厳正な判決を下すことを心から願っています。世界からも関心を持って見つめて下さい。  
   さて、現在の福島の状況ですが、やはり新たな問題が起きています。東電敷地内のタンクにたまり続けるトリチウム汚染水の処分方法が検討され、海洋放出をすべきだと原子力を規制する立場の規制委員長が述べました。それに対し、経産省が開催した説明・公聴会では多くの市民が意見を表明し、汚染水は海洋放出をせずに陸上保管をするべきだと訴えました。もちろん漁業者も徹底抗戦の構えです。しかし、それらの声は昨年12月28日の汚染水に関する経産省の小委員会の議論では全く反映されませんでした。
 
   また、事故後福島県内に設置されたモニタリングポスト2400台の撤去の方針がやはり原子力規制員会から出されました。モニタリングポストの継続配置を求める市民の会が設立され、子育て世代の母親たちも含め多くの住民たちが各地での説明会で撤去に反対する声をあげています。県内の約1/3の自治体も撤去をしないでほしいという意見書を国に出しています。
 
 除染土を再利用しようとする実証事業では、市道に埋められる計画は住民の反対で中止になったところもありますが、同じような計画が別の市で進められています。帰還困難区域の農地のかさ上げ材としての再利用計画が飯舘村では進められています。  
  昨年、国連人権理事会の特別報告者が、子どもや出産年齢の女性に対しての避難解除の基準をこれまでの20mSv以下から年間1mSv以下まで下げることや、無償住宅供与などの公的支援の打ち切りが、区域外避難者らにとって帰還を強いる圧力になっていることなどを指摘しましたが、福島県は区域外避難者に対し打ち切り後に提供していた県の支援策も今年3月で終了し、今後公的な支援は行わないとしています。
   また、未だ帰還困難区域を含む浪江、富岡、葛尾、飯舘の4町村に対しても2019年度末までに仮設住宅の提供が全て終了すると福島県知事が発表しました。

事故当時18歳以下の甲状腺検査では、現在、甲状腺がんと診断された人が166人、がんの疑いが40人、合わせて206人と発表されています。
  しかし、昨年の甲状腺評価部会において、その中には含まれていないがん患者が11人いることが公表されました。また、県民健康調査を通さずに甲状腺がんを福島県立医大以外で手術している人が、民間の支援団体によって把握されていますが、県は県民健康調査以外の事例の調査はしないとしています。
   評価部会は今後原発事故との関連の検討に入るとしていますが、これでは、原発事故後の福島県内の小児甲状腺がんの正確な罹患数はわからず、正確な評価はできないと思います。検討委員会では、過剰診断による見つけなくてもよいがんを見つけてしまうとか、学校での一斉診断が人権侵害にあたると主張して、検査の縮小を提案する委員もいますが、継続の重要性や早期発見と早期治療を主張する委員との間で激しい議論となっています。
   今年になり、事故当時双葉町に在住していた11歳の少女の甲状腺等価線量が100mSv程度になると国の研究機関・放射線医学総合研究所の2011年5月の会議で報告されていたことが、東京新聞で報道されました。
   国は今まで「100mSvを被曝した子どもはいない」と発表していましたが、福島県伊達市の被曝線量を3/1に見積もった論文がその間違いを指摘されているなど、被曝と健康被害の関連はますます隠蔽が疑われる状況になっています。 
  皆さま、日本でもこの重苦しい現実の中で、それに抗おうと市民たちや心あるメディアが必死で頑張っています。遠くに、福島を想いともに歩んでいる仲間がいることが、私たちにとって力強い励みとなっています。世界の原発や核施設をなくし、安全で心地よく生きられる世界を創っていくために力を合わせていきましょう。

Message à toutes les personnes dans le monde qui continuent de se préoccuper de Fukushima 

Huit ans déjà se sont écoulés depuis l’accident nucléaire de Fukushima, et j’aimerais remercier toutes les personnes qui continuent de nous soutenir et de multiplier les efforts pour l’abandon définitif de l’énergie nucléaire. Comme chaque année à même époque, mon cœur se serre au souvenir du 11 mars 2011, tandis que j’en suis réduite au même constat : les injustices et les souffrances causées par l’accident se poursuivent indéfiniment.

Pour moi, l’année dernière a été à marquer d’une pierre blanche. En effet, après une plainte déposée en 2012 contre les ex-dirigeants de TEPCO, un procès au pénal, destiné à déterminer leur responsabilité dans l’accident de Fukushima, s’est enfin ouvert, et j’ai pu assister aux 35 audiences qui ont suivi. De nombreux témoignages, échanges de mails, procès-verbaux de réunions, ont permis de faire la lumière sur une série de faits restés jusqu’alors occultés : un organisme d’Etat, composé des meilleurs experts, avait estimé non négligeable, dès 2002, la probabilité d’un énorme séisme suivi d’un tsunami au large des côtes de Fukushima; au regard de ces conclusions, des employés de TEPCO envisageaient des mesures préventives contre un éventuel tsunami, évalué à 15,7 mètres ; les trois prévenus, mis au courant de ces prévisions à plusieurs reprises, ont continué de faire fonctionner la centrale sans prendre la moindre mesure. En dépit de ces preuves, ils n’ont cessé de contester leur responsabilité dans cette affaire. En décembre 2018, l’accusation a donc requis cinq ans d’emprisonnement à leur encontre - la peine maximum en cas de négligence professionnelle ayant entraîné la mort ou des blessures.
Le 13 mars prochain, le procès se conclura sur l’ultime plaidoirie de la défense de TEPCO. Pour le verdict lui-même, sans doute devrons-nous attendre l’été prochain. Nous espérons qu’un jugement aussi impartial que possible sera rendu, déterminant la pleine responsabilité de TEPCO, afin d’éviter que ne se reproduise un tel accident nucléaire. Nous espérons aussi que l’issue de ce procès sera suivie attentivement par l’opinion publique internationale.

Concernant la situation actuelle à la centrale de Fukushima, un problème nouveau se pose : le traitement des eaux contaminées au tritium, dont plus d’un million de tonnes continue d’être stocké sur le site même de Fukushima Dai-ichi. Le président de la Commission de Régulation de l’Énergie Nucléaire (NRA) propose tout simplement de les rejeter dans la mer, malgré l’opposition des pêcheurs de la région et d’un grand nombre de citoyens dont le Ministère de l’Économie et de l’Industrie (METI) ne tient aucun compte.

Par ailleurs, la NRA a exprimé son intention de supprimer 2.400 bornes de mesure de la radioactivité installées dans le département de Fukushima, à l’exception de celles placées dans 12 municipalités désignées comme « zones évacuées ». Cette mesure se heurte elle aussi à une forte opposition de la population locale. Un tiers des municipalités du département a présenté au gouvernement des requêtes demandant le maintien de ces bornes. Le projet expérimental visant à recycler les terres décontaminées est diversement accueilli : si l’initiative d’utiliser ces terres comme soubassement de routes a été abandonnée à la suite du refus des habitants dans certaines communes, dans d’autres, des projets similaires sont en cours de réalisation. C’est le cas à Iitate : ce matériau devrait servir à surélever des terres agricoles dans une zone si contaminée que les directives d’évacuation y sont toujours d’actualité.

L’an dernier, le rapporteur spécial du Conseil des Droits de l’Homme de l’ONU a recommandé au gouvernement japonais de reconsidérer le critère de retour dans les zones évacuées, en baissant le niveau d’exposition maximum de 20 millisieverts à 1 millisievert par an – bref, en revenant au niveau d’avant l’accident - pour les enfants et les femmes en âge de procréer. Il a aussi fait remarquer que la suppression des aides publiques, notamment aux personnes réfugiées de leur propre initiative hors des régions contaminées, représentait une pression qui les forçait à revenir dans leur commune d’origine. Or, le département de Fukushima, qui avait prolongé ses aides d’un an, va les supprimer à la fin de ce mois. Il supprimera également en avril 2020 l’offre de logements provisoires pour quatre communes fortement contaminées, incluant des zones encore interdites [Namie, Tomioka, Katsurao et Iitate].

D’après les examens de la thyroïde pratiqués à Fukushima sur les enfants et adolescents âgés de moins de 19 ans lors de l’accident, le nombre de cancers diagnostiqués excède désormais les 200, dont 166 cas avérés après opération. Mais l’année dernière, la sous-commission d’évaluation des examens de la thyroïde a fait état de 11 autres cas, non comptabilisés dans ces chiffres. D’ailleurs, un fonds d’aide à ces patients a découvert que certains d’entre eux s’étaient fait opérer ailleurs qu’à l’hôpital universitaire de Fukushima sans être soumis aux examens officiels du département, lequel a décidé de ne pas les inclure dans leurs études de cas. La sous-commission d’évaluation devrait entamer une recherche sur la corrélation entre l’accident et ce type de cancer. Mais son occurrence parmi les enfants et adolescents du département de Fukushima semble impossible à estimer dans la mesure où certains cas échappent à un recensement qui n’est pas effectué de façon systématique. Au sein même de cette commission, les polémiques font rage : certains proposent de réduire l’échelle des examens sous prétexte qu’ils entraînent un surdiagnostic, ou que, imposés dans les établissements scolaires, ils constituraient une atteinte aux droits de l’homme. D’autres au contraire insistent sur la nécessité de les poursuivre, afin de traiter le plus rapidement possible les tumeurs décelées au stade initial.
Au début de l’année, le quotidien « Tôkyô Shimbun » a diffusé une information selon laquelle, l’Institut National des Sciences Radiologiques – organisme d’État – connaissait déjà, dès le mois de mai 2011, le cas d’une fillette demeurant à l’époque dans la commune de Futaba, et ayant reçu à la thyroïde une dose équivalente à 100mSv. Or, jusqu’à présent, le gouvernement prétendait qu’« aucun enfant n’avait été exposé à de telles doses ». En outre, on vient de découvrir qu’une revue spécialisée avait publié un article comportant des erreurs, les doses absorbées par les habitants de Date (à environ 60km de la centrale accidentée) ayant été sous-évaluées de 2/3. Tout cela laisse à penser que la corrélation entre l’exposition aux radiations et les conséquences sanitaires a été soigneusement dissimulée par les autorités.

Les citoyens japonais et quelques médias intègres continuent de se battre courageusement pour triompher de cette réalité pesante. Savoir qu’existent, au loin, des personnes solidaires qui nous accompagnent dans ce combat, est pour nous une source d’encouragement et de réconfort. Unissons nos forces pour édifier un monde sans nucléaire, où l’on puisse vivre en sécurité et dans le bien-être.

Fukushima, mars 2019, Ruiko MUTO, « Femmes de Fukushima contre le nucléaire », déléguée de la partie plaignante au procès pénal intenté contre les dirigeants de TEPCO.

category: アクション

cm 0   tb 0   page top

福島原発事故8周年集会 ※場所が変わりました! 

 東日本大震災、福島原発事故から8年という月日が経とうとしています。 
 3月10日(日)14時半から18時まで、スターリングラード広場にて、福島原発事故8周年追悼集会を行います。

和太鼓の演奏から始まり、黙祷、福島からの便り、トランペットによる日本のメロディーへと続きます。 
 集会に参加する12団体からは、日本、フランス、世界の状況についてスピーチがあり、世界中から原発と核をなくし、安全な将来を次の世代へ残して行こうと呼びかけます。
 
 広場にはブースが出され、資料と共に日本の食べ物、飲み物も販売する予定です。是非ご参加下さい。
affiche-web-2-e1f0e.jpg 

15511989760.jpg 


category: アクション

cm 0   tb 0   page top

2月2日 ノルマンディのコタンタン半島へ 

 早朝7時半に会員の運転する車で雨の降るパリを出発しました。

 目的地は、原子炉2基があり新たにEPRを建設中のフラマンヴィル原発、ラ・アーグの再処理工場、ラ・マンシュ(低・中レベル放射性廃棄物)保管センターがあるノルマンディのコタンタン半島です。

 道中は雨と霰の悪天候でしたが、現地に着いたら青空の広がり、空、雲、海の美しい景色が迎えてくれました。


 ポレット・アンジェさんとディディエ・アンジェさんご夫婦達との昼食後、彼らが現地を案内して下さいました。

 アンジェさんはフランス緑の党の創立者の一人で、CRILANという現地NPOで70年代から活動をされている方です。

 2018年10月にはオーストリアのNuclear-Free-Award Fondationから、反原発を40年間闘ってきた功績を称えられ、生涯貢献賞を受けられました。


15492316750.jpeg 

 青空のフラマンヴィル、海の向こう側にラ・アーグの再処理工場が見える。


15492317070.jpeg 

 フラマンヴィルの原発の後方に見える白い建物群はオラノ(アレバから改名)の再処理施設。


15492317230.jpeg


 2月3日朝、パリ、リヨン駅での見送り。

 パリまで来て下さってありがとうございました。元気でヨーロッパツアーを続けてください。

 これからの更なるご活躍を心からお祈りしています。

 原発が世界から消える日をお互いに目標として!


category: アクション

cm 0   tb 0   page top

2月1日 講演会の前はパリ観光とベルナール・ラポンシュさんとのインタビュー 

 到着翌日の午前中はパリ観光から始まりました。
15492320110.jpeg


15492320210.jpeg
 その後、フランスの核物理学者、ベルナール・ラポンシュさんにインタビューをしました。

1960年代、フランス原子力庁に勤務していたベルナール・ラポンシュさんは、専門のプルトニウムの研究中にその危険性に気が付き、その後労働組合(CFDT)に入り、1970年代から、原発の危険性を指摘しているフランスでは稀有な学者です。
何度も来日しており、著書『フランス発「脱原発」革命』は日本語にも訳されています。

15492320300.jpeg

category: アクション

cm 0   tb 0   page top

2月1日 おしどりマコ・ケンさん イナルコでの講演会  

 2月1日16時30分から19時30分まで、イナルコでおしどりマコ・ケンさんの講演会が行われました。

300人収容の大講堂は、多くの学生達、その他脱原発関係の人達で満席となりました。


 話し上手なマコさんは観客を引き付け、福島の昨今の現状を的確に説明する内容と映像は質の高いものでした。

講演後の質疑応答は、学生達、一般の人達からの興味深い内容の質問が後を絶たず、時間制限で打ち切りとなりましたが、

 最後にマコさんのアコーデオンと歌、ケンさんの針替細工があり、楽しい終わらせ方も見事でした。


 評判のいい感想が沢山聞かれ、次回パリに来る際は是非講演会を提案したいという人もいました。


 ブラボーと言える講演会でした。皆さん、特に通訳の方々、本当にお疲れ様でした。



動画は鋭意作成中ですので、完了次第、こちらに報告致します。しばらくお待ちくださいね。
DSC_1478.jpg
DSC_1485.jpg
15491225280.jpeg
15491225460.jpeg


     講演会後レストランでの楽しい夕食会。マコさんケンさんありがとうございました。皆さんお疲れさまでした。


15495441810.jpeg 

15495441910.jpeg 

category: アクション

cm 0   tb 0   page top

1月31日 おしどりマコ・ケンさんと歓迎交流会 オススメ本ご案内 

IMG_0182-1.jpg   

 おしどりマコ・ケンさんが無事パリに到着され、会員宅で歓迎交流会を持ちました。

 もう8年前になる福島事故当初の話も、まるで最近の事のように皆で話し、

その後の福島と日本の状況など興味深い話を沢山伺いました。


 参加された皆さん、準備等ありがとうございました。

15491421760.jpeg

1549542979688blob.png  

15495424950.png 

DSC_1471.jpg

  さて、「政府がやらないなら市民の力で測ろう」が生んだ、市民だけで放射能を測定した真実の本がついに出版されました。
  今、いちばんわかりやすくて詳しい、日本の「放射能」の本です。 一家に一冊の保存版!! 本の内容、購入方法など、詳しくは下記サイトから。

 
15491366720.jpeg


category: アクション

cm 1   tb 0   page top

気候アゴラ 1月27日(日) 

 レピュブリック広場で行われた気候アゴラに参加しました。
よそものからは4人、SNPの仲間達と合計10人程で「原発は温暖化対策にはならない、脱原発を。」と訴え、
2月1日のおしどりマコ・ケンさんの講演会のビラも配布しました。
15487116480.jpeg
 昨年9月8日、10月13日、12月8日の気候マーチに引き続き今年を気候の年にしようと、フランス国内で90以上の催しが行われたと報道されています。フランス政府が真剣に温暖化対策に取り組まない事は「今世紀最大の問題」だから司法に訴えようという呼びかけには、昨年12月から既に200万以上の署名が集まっていますが、パリでは冷たい雨風にも拘わらず、多くの人達が広場に集まりました。


15487116760.jpeg



15487116890.jpeg


15487117180.jpeg
 数世代の老若男女達、家族連れも多く、特に元気な若者達が目を引きました。アゴラという名にふさわしく広場のあちこちでグループ討論が活発に行われていました。

15487117350.jpeg
 「農薬ストップ」や「私の地球が好き」と書かれたプラカードが目立つ広場では、原発反対へ賛同する人も多く、ビラを快く受け取ってくれて気持ちのいい集会でした。悪天候の中参加された皆さん、お疲れさまでした。

category: アクション

cm 0   tb 0   page top

おしどりマコ・ケンさん講演会を2月1日(金)16時半からイナルコにて行います。 

日本でおしどりマコという芸名で知られる漫才師は、2011年のフクシマ原発事故があってからジャーナリストとしてフクシマの現状をずっと取材してきました。実生活で夫であり、漫才コンビのパートナーであるおしどりケンさんが、取材では写真と記録を担当、講演でもマコさんをサポートしています。彼はまた、針金で政治諷刺的なモティーフもあるオブジェを創作するアーティストでもあります。マコさんは政府や記者クラブによる報道規制に反対し、限りなく自由な報道を目指すジャーナリストによって創立された「自由報道協会」に所属し、理事を務めています。

マコさんはかつて大学で医学部に進学したものの、1995年の阪神・淡路大震災後帰郷し、「医学では人は救えない、お笑いこそが癒しだ」とアコーディオンを弾きながら芸人として活動を開始しました。フクシマ原発事故が起きてからは、健康、自然、環境、社会への原発事故の影響、原発労働者の置かれている状況、フクシマとその周辺に住む人々の状況、東電の原発事故に対する反応をずっと取材し続けています。東電の記者会見でも彼女は詳しい知識を携えて鋭い質問をすることで恐れられています。

ふたりは2013年から毎年、主にドイツで、福島第一原発事故とその影響について市民や高校生に向けて講演を行っていますが、今回初めてフランスで講演することになりました。 

イナルコ大学「福島第一事故発生から8年 原子力と民主主義」

 Le couple OSHIDORI Mako et Ken est connu au Japon en tant que manzaishi(duo d'humoristes dans le style des conteurs populaires). Dès le début de l'accident nucléaire de Fukushima en mars 2011, Mako a décidé de participer aux conférences de presse de TEPCO afin d'accéder à des informations qui manquaient dramatiquement dans les médias. Aidée par Ken, son mari et partenaire de travail, elle est ainsi devenue journaliste indépendantes, l'une des plus compétentes sur la question de Fukushima, et redoutée à ce titre par TEPCO. A travers des conférences et des articles, le couple Oshidori est capable de transmettre avec humour le fruit d'un travail acharné et continu sur divers aspects de l'accident nucléaire : situation dans la centrale de Fukushima Dai-ichi, problème de l'eau contaminée, conditions de travail des intervenants sur le site, procès collectifs (une trentaine) engagés par certaines victimes, augmentation du nombres de cancers de la thyroïde chez les enfants et adolescents de Fukushima... Invités tous les ans en Allemagne depuis 2013 pour participer à des colloques ou donner des conférences dans les lycées, c'est leur première visite en France. En 2019, Mako se lancera également en politique : elle sera candidate du parti Démocrate Constitutionnel.
2019011601290521d.jpg

category: アクション

thread: フランスの生活 - janre: 海外情報

cm 0   tb 0   page top

パリ気候マーチ 10月13日(土) 

 市民によって企画された気候マーチに、よそものからは3人が、SNP(Sortir de Nucléaire Paris) と共に参加しました。
 

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC ‐フランス語ではGIEC)が今世紀末に地球の平均気温が1.5度以上上昇した場合、
破滅的結果が現れると警告したレポートを発表した数日後のマーチでした。
 

 あたかもその警告を裏付けるかのように、10月の中旬とはとても思えない、
気温が27度もある汗ばむほどの好天下、つまり気候温暖化を肌で感じる中、若者達、家族連れが多く参加していました。
 

 私たちは、室内効果ガスを抑える為に原子力は選択肢であるはずはなく、全て再生化エネルギーに切り替えるべきあると主張してきました。
15396213820.jpeg


15396215120.jpeg
 
 到着地点のレピュブリック広場に到着した市民達は、「まだ間に合う」「システムを変えよう、気候ではなく」という横幕を持ち、
同広場のマリアンヌ像は子供達の手製のプラカードも含めによって、綺麗に飾り付けられていました。 

 9月8日のマーチに比べると参加者数は減っていると報道されましたが、フランス国内80か所で行われたのですから、
これからの市民運動として期待できるでしょう。

15396216930.jpeg


15396217090.jpeg

category: アクション

cm 0   tb 0   page top

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

よそものネットにようこそ

メールフォーム

メールアドレス