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よそものネット

在外邦人と賛同者の 脱原発ネットワーク

5月24日(金)気候の為の世界スクールストライキ 

午後1時、オペラ座の正面階段は若者達で埋まっていました。色とりどりの手作りプラカードには地球への思いが想像力豊かに表現されています。「Nucléaire Stop」と書いた黄色い手を持っていったら、数十枚があっという間に彼らの手に渡り、プラカードと一緒に並びました。

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    前回の3月15日には120か国で180万人の動員があったと報道されましたが、2回目の今日、パリの参加者数は1万5千人と前回の記録を上回り、その内9割は授業に行かずデモに参加した中学生、高校生等の若者でした。こんなに年齢層の低いデモは初めてだと思い、若い声のスローガンを聞きながら、オペラからレピュブリック広場までのデモコ―スをSNPの会員と共に「原発は気候を救いはしない」と書いた横幕を持って歩きました。

選挙権がない私達にはこうして声を届ける事しかできない、という危機感を伴った真剣な問いかけに大人達は早急に答えを出さなくてはならないでしょう。

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チェルノブイリ原発事故33周年 パリでのアクション 


   チェルノブイリ原発事故から33年が経ちました。SNPのアクションによそものからも参加しました。

   4月26日にはパリ東のバニョレ門で、翌27日にはパリの南のオルレアン門で首都高速にかかる陸橋に「原発は止めよう、カタストロフィを待たずに」と書いた垂れ幕を掛けるというアクションでした。

   下を通る車からは手が振られ、連帯が感じられ、こうした小規模のアクションもやりがいがあるとの感想でした。

   参加された方々、お連れ様でした。 1557139162398blob.jpg

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今中哲二さんの講演会 


   京都大学原子炉実験所の熊取六人組の一人として、福島原発事故以前から原発の危険性を訴え続けた今中哲二さんが来仏されました。4月8日から11日までの間、複数のNPOの共催によりフランスとベルギーで講演会が行われました。パリでは、8日にパリ2区役所で講演会、そして11日には12区にあるFPHの会場でドキュメンタリー映画「飯館村」(土井敏邦監督)上映の後、レクチャーと質疑応答という催しがあり、よそものからも数人が参加しました。以下講演会の報告です。

   広島に生まれた時から原発とは縁があるとのユーモアを交えた自己紹介から始まり、大学院の時に日本の原子力開発に疑問を持ったとの事でした。福島原発事故を振り返り、2011年3月15日に福島第一原発2号機の格納容器が壊れたとの報道があった時に、チェルノブイリになってしまったと思ったと語りました。  1557053230593blob.jpg  

   2011年3月29日と30日には飯館村で放射能サーベイ活動をし、南部の長沼地区で毎時30 マイクロシーベルトが測定された時は唖然とした事、村民達は4月22日に飯館村が計画的避難区域に指定されるまでの一か月以上の間、高い線量の中で普通に生活していたという事実、データを取っておかないと、後になって無かったことにされかねないから記録を残す必要があると話しました。

   2年後の2013年、村民にインタビューした際、2011年3月15日に白い服を着た人達が測定しに来たが、数字を聞いても教えてくれなかったと知らされた事、又、防災システムが存在していた事が事故後に分かり、そのマニュエルを読む限り良く出来ており、同システムが活用できていれば飯館村の住民も事故後早期に避難できていたはずだったと話しました。それができなかったのは政府内部が3月末まで大変な混乱状態で、メルトダウンしていたのだと表現しました。 1557053480683blob.jpg

   今中さんはチェルノブイリ原発事故後の影響にも詳しく、子供の甲状腺がんに付いても説明がありました。福島での発病は日本の他の地域に比べて30倍であるにもかかわらず、親が心配するから検査を減らそうという傾向にあるが、検査は拡大すべきであると述べました。汚染地域に住む以上被曝は避けられないが、どこまでがまんできるかは各個人によって違ってくる、各自の決断を国と東電は支える責任があると強調しました。  

   電力に付いても表と共に詳しい解説がありました。事故3年後から国は節電と言わなくなった事に気が付き、調べてた所電力は余っている事が判明した、3年間原発は止まっていたが電力に困らなかったし、これから需要は減る傾向にあり、原発を止めるいい機会であると説明しました。原発事故が起きたら住めなくなる地域が出るので、何が大切かを皆で考えましょうと講演を締めくくりました。  1557053557194blob.jpg 1557053643016blob.jpg

   今中さんと食事を共にする交流会も2度あり、福島原発事故、8年後の現状、そして将来に付いて、多くの事実と示唆に富んだお話を伺う事が出来ました。

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4月3日パリ2区役所で避難家族の講演会を行いました。 

 避難家族とスタッフは18時から会場入りし、演壇は原告団等の垂れ幕と「ダキシメルオモイ」の絵で綺麗に飾られました。

 よそものが用意したお弁当で家族の皆さんは腹ごしらえもし、準備万端整いました。

 19時半開始までに参加者は後を絶たず、区役所が用意した50席の椅子では足りなくなり急遽区役所の職員が廊下にあった長椅子を会場内へ入れる事を提案し、皆で運び入れました。参加者は約70人、約半数が日本人で盛況でした。

 区長代理のアニーさんとレゾーからの挨拶の後、ひなん生活を守る会事務局、福島原発被害東京訴訟原告、原発被害者訴訟原告団全国連東京事務局の鴨下美和さんの話から講演は始まりました。 1556213110179blob.jpg

 原発から40㎞のいわき市から当時8歳と3歳だった息子さん2人と東京へ避難した事、いわき市に避難指示は出なかったが、チェルノブイリ事故の知識があったから避難をする事を決めた事、数回の引っ越しの後東京都が避難者に提供した住居に落ち着いた事、その住居の無償補償も2017年3月末で切られた事等を説明しました。

 現在も避難者住居に住み続けているが、メール、電話等で立ち退き勧告が随時来ている人もいると話しました。

 イナルコでの講演同様、米軍のヘリコプターで行われた放射性物質モニタリングの結果から作成された4月2日から4日の地図を紹介しました。  

 いわき市等人口の多い町はモニタリングから外されています。  

 自主避難するのは神経質で頭のおかしい親と言われることも多く、国に捨てられたと感じてはいるが、一方国や東電相手に全国で30件程の集団訴訟が提起されており、原告数は約1万3千人、東電に対しては全ての訴訟で賠償が命じられ、国に対しても(8件のうち)6件で勝訴していると強調しました。

 高校一年生の鴨下全生さんは法王へ宛てた手紙の中で、東京の小学校へ転校した後、図工の時間に作った工作品に悪口を書かれたり、菌扱いされたりした事、「出来る事なら死んでしまいたい」と思うようになったと過去を振り返りました。

 その後遠くの中学校に進学し、自分が避難者だということを隠した結果、いじめは全く起きず、友達達と過ごす中学校生活は幸せそのものだったが、2,3年経って自分の事を友人に話せない事がつらくて心が砕けそうになったと話し続けました。「こんな歪んだ世界から、どうか、僕たちを助けてください。」とローマ法王へ訴える手紙を書き、3月に法王に謁見した事を写真と共に報告しました。

 法王への手紙を書く経過で本名に戻る事を決心し、法王宛ての手紙には本名で署名したと語った際には参加者から暖かい拍手が起きました。 1556213310871blob.jpg  

 森松明希子さんは東日本大震災避難者の会Thanks & Dream(サンドリ)代表原発賠償関西訴訟原告団代表ですが、福島第一から60kmの郡山市に住んでいた時、原発は安全だと思っていたと語り始めました。

 原発事故の後、水道水を飲み、生まれて数か月だった娘さんに母乳を与えていた事、その水が汚染されている事を知った時3歳と0歳の子供を連れて600km離れた大阪への避難を決めたと話しました。

 父親は仕事の為郡山市にとどまっているが、子供達は一人では逃げる事はできない、放射線被曝から免れ健康を享受する為の避難生活は基本的人権であると強調しました。

 又、8歳の長女明愛さんは、郡山市に留まっていて仕事をしている医者の父親とは一緒に生活できないと話しました。 1556213601923blob.jpg

 尚、国連の人権理事会は2017年11月、日本の人権状況217項目の勧告の中で、福島事故に関しては、自主避難者への住宅などの支援、許容放射線量を年間1ミリシーベルトに戻す事、子どもへの定期的な健康調査の継続、帰還決定プロセスへの住民参画などの実現を政府に求めました。

 森松さんは2018年3月ジュネーブの国連人権理事会本会議にてスピーチし、避難の現状を証言し、日本政府は国連の勧告を受け入れるようにと訴えた事も報告しました。 1556213861888blob.jpg

 質疑応答では、福島の復興に関して質問があり、以前の人間関係が既に存在しない事を考えると、復興とは幻想を与える言葉であり、2020年に開催予定であるオリンピックでは、福島での競技も予定されており、それまでに避難者をゼロにしようと政府が意図しているとの返答がありました。

 福島県のみにおいて年間の年間積算線量限度が20ミリシーベルトである事についても言及しました。

 自主避難という名称はメディアによって付けられたと鴨下さんは強調し森松さんは経済的な理由等で避難できない人たちがいる事は理解しているが、避難家族が証言する事によって、被害者の声が出てくるよう期待したい、現に8歳の娘も今日発言したと返答しました。

 子供の甲状腺がんの現状に付いての質問もありました。 

 普通100万人に1人か2人に発症する病気だが、福島県で事故当時18歳以下の38万人を対象に検査をした結果、既に200人以上が発病し手術等治療も受けている事が報告され、それでも放射線の影響とは考えにくいと政府も福島県も言い続けていると返答しました。

 講演後、参加者からはとてもいい講演会だったとの感想が多く寄せられました。

 避難家族は翌日のフライトで帰国し、子供達は元気に新学期を迎えたそうです。

 長期間に渡るイヴェントの準備、実行、通訳をした会員の皆さん、本当にお疲れさまでした

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4月2日パリ2区役所で記者会見を行いました。 

 ナンテールでの講演会の翌日、避難家族はベルギーで講演し、1日夜にパリに戻ってきました。鴨下祐也さんは既に帰国し、母親2人と子供達4人で記者会見に臨みました。  

 ロストバゲージになっていた荷物をベルギーで受け取る事が出来て、その中に入っていた画家の小林憲明さんが描いた「ダキシメルオモイ」の絵を他の垂れ幕と一緒に飾りました。鴨下さん、森松さん母子達がモデルになっている絵です。 1556212590212blob.png

 日本人も含めた10数人の記者が参加しました。レゾーのシャルロットさんから今回のイヴェントに付いて説明があり、鴨下美和さん、鴨下全生さん、森松明希子さんが発言しました。個人的なインタヴューも受け、4月3日付けのルモンド誌には「鴨下全生、16歳、福島の子供達のスポークスマン」と題する下記の記事が載りました。

明日はいよいよパリ最後、2区役所での講演会です。

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アスカ主催の「福島から避難した母親達の講演・討論会」に参加しました。 

 

 ナンテール市にあるNPO、アスカでは3月28日から4月9日まで「福よせ雛」というイヴェントが行われましたが、その一環として3月30日(土)「福島から避難した母親達の講演・討論会」が企画され、よそものも参加しました。  

 前日のイナルコでの講演会より時間的に余裕があり、翌3月31日に家族より一足早く帰国された鴨下祐也さんの講演内容を下記にご報告します。   

 母親二人と講演内容は4月3日のパリ2区役所での講演会のブログでご紹介します。 1555923304779blob.jpg

 福島原発被害東京訴訟原告団長であり、「ひなん生活をまもる会」代表の鴨下祐也さんは、2018年に復興庁が出版したパンフレット「放射線のホント」について説明しました。

 セシウム134と137の「食品中の放射性物質に関する基準」表(下記参照)では、日本の食品基準値は「平常」時の値ですが、EU、米国、コーデックスの基準値は「緊急時」の値を使用しており、「世界で最も厳しいいレベルの基準」であるというのは間違った記載であると指摘しました。 1556212235444blob.png

 実際には、飲料水の場合、平時の基準値はEUは8,7ベクレル、アメリカでは4,2ベクレル、コーデックスでは基準なしとなっています。 1556267894913blob.jpg

 復興庁は間違えは認めたものの未だに訂正はしておらず、同パンフレットの廃刊を求めるているとの事でした。

 前日同様署名も続け、集まった署名は鴨下さんにお渡ししました。

 子供の甲状腺がんに付いて質問があり、政府は調べない、知らせない、助けないという政策を取っていると証言しました。  

 子供達は講演中に折り鶴を折り、講演後参加者全員へ手渡しました。 DSC_1804.jpg

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2月1日おしどりマコ・ケンさん講演会の動画 


この記事の時の、おしどりマコ・ケンさん講演会の動画をYouTubeにアップしました。

講演会後のSciences et Avenirのインタビューとお楽しみはこちらをクリック!

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3月29日(金)イナルコにて避難家族の講演会を行いました。 

 今回もイナルコの協力を得て、ビュテル氏の授業「一年現代社会論」の枠内で避難家族の講演会を行いました。1554798662038blob.jpg  東京に避難した鴨下一家からは、まず母親の美和さんが発言しました。要素131の汚染地図を見せ、いわき市、郡山市等人口の多い地区は米ヘリコプターが避けて通り、測定から外されていた事を説明しました。  
 その次に、16歳の全生さんが学校でのいじめを経験した後、転校し別名で生活した事、その後やはり本名で生きる決心をし、ローマ法王へ手紙を書くまでに至った心情を綴った手紙を読みました。  
 父親の祐也さんは復興庁出版の「放射線のホント」には嘘の記載があり廃刊にするよう訴え、用意した署名用紙30人分は学生達により全て署名されました。 1554798581630blob.jpg  大阪に子供達と避難中の森松明希子さんは、父親は福島に残っている事、子供の甲状腺がん多発について話し、放射能を避けるための避難は基本的人権であると訴えました。  
 質疑応答では来年行われるオリンピックも含め福島への観光についての質問もあり、復興という名の元に福島原発事故が葬られようとしている現実が理解されました。  
 教室は約80人の学生と一般人で埋まり、興味を持って聞き入っている学生達の様子が印象的でした。  
  講演会の後は、近くの中華料理店にて交流会を持ちました。 1554804756440blob.jpg

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子ども達を福島事故の被ばくから守る母親ツアー パリ 

日時 4月3日 19:30
場所 パリ2区市庁舎 Salle des expositions
入場無料,通訳付き。

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3月16日(土)気候マーチ / 世紀のマーチ 

 昨年から継続して行われている気候マーチ、今回は規模も大きく「世紀のマーチ」と名付けられました。 その名に恥じることなく、パリで10万人、全国では220の市町村で合計35万人の参加者があったと主催者は発表し、 歴史的なマーチだったと報道されました。
 トロカデロをお昼に出発しオペラに14時過ぎに到着した時、身動きが取れない程の人出にデモ隊は立ち往生を余儀なくされました。 家族連れ、若者達が目立つ中、黄色いベスト達も含む多くの市民は、賑やかな音楽を耳にし色々なスプレヒコールを共に叫び、 思い思いの手作りのプラカードを持ち、レピュブリック広場へと10㎞以上の道のりを闊歩したのです。 1552934085071blob.png     前日の3月15日には若者達による国際アクションがあったばかりでした。  
   100か国以上に及ぶ市町村で100万人以上の若者たちが、地球温暖化を制限する為の政策を政権に迫ったのです。  
   そしてフランスでは17万人以上の高校生と学生達が授業を放棄し街に出て「気候と社会の為の正義 ‼」を要求しました。  

   よそものはSNPと共にCO2も原発も要らない、事故が起こる前に原発は止めなくてはならないと訴えてきました。
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福島から東京と大阪へ避難した家族の講演会を行います。皆様のお越しをお待ちしております。 

Conférence-débat avec deux familles de réfugiés de Fukushima, victimes de l’acc ident nucléaire 


  Mme Akiko Morimatsu et Mme Miwa Kamoshita ont décidé de quitter leur lieu de résidence dans le département de Fukushima à cause de l’accident nucléaire survenu en 2011. Leurs communes n’ont pas été décrétées «zone à évacuer», pourtant, comme elles ont pu le constater dans leur quartier, le niveau de la radioactivité était beaucoup trop élevé pour y vivre et y élever leurs enfants en sécurité.

  Toutes les aides publiques au logement destinées aux personnes réfugiées de leur propre initiative hors des régions contaminées vont être supprimées en mars 2019.
  En mars 2018, Mme Morimatsu et Mme Kamoshita, ont décidé d’aller plaider à Genève, auprès du Conseil des droits de l’homme de l’ONU, pour leur droit fondamental à vivre avec leur famille dans un environnement sain.
  Venues cette année à Paris avec leurs enfants, elles témoigneront de la situation vécue huit ans après la catastrophe par de nombreux réfugiés de Fukushima, et présenteront les différents problèmes que rencontreraient des habitants exposés à un nouvel accident nucléaire majeur ailleurs dans le monde.


Mercredi 3 avril à 19h30
Mairie du 2 ème arrondissement
salle des expositions
8, rue de la Banque 75002 Paris
traduction consécutive japonais- français
Entrée libre


Organisateurs:
Yosomono-net France,
Sortir du nucléaire Paris 

www.sortirdunucleaire75.org
http://www.facebook.com/sortirdunucleaire75


Contact : Yûki Takahata
Email : youkitakahata@gmail.com - Tél. 06 84 07 03 45
Mme Morimatsu et ses enfants
Ci-contre, à gauche,
Mme Kamoshita


Tract FukuRéfugiés2019 OK   

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3月10日(日)福島原発事故8周年集会を行いました。 

 雨が時々降ったり、冷たい突風が吹いたりの初春らしい不安定な天気の日曜日、それでも集会が進むにつれて青空が広がりました。数日前にパリ市から会場変更の通知があり、集会はスタリングラード広場で行われました。パリ中心の東に位置する、運河が見渡せる静かな広場です。 14時46分、力強く心に響く繋がり太鼓の演奏から始まりました。 1552405689511blob.jpg 
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 武藤類子さんの福島からのメッセージを読み、黙祷、ダイインで犠牲者への追悼としました。 トランペットの音色が静かに現実へと導いた後、日本の現状を説明し、来年日本で行われるオリンピックへの反対を表明し、小出裕章さんのメッセージを配布しました。 15524149520.jpeg 

 チェルノブイリの現状、フランスの原発状況及び廃棄物を含めた問題点、核兵器抑制と核兵器禁止条約、脱原発が進むヨーロッパの中での原発推進国フランス、原発の下請け労働者、今後のエネルギー政策と脱原発運動等に付いての報告が各団体からありました。 1552405830081blob.jpg  

 スピーチが終わった後はおやつを配り、グループ内で活発な話し合いが続きました。  


 2011年以来毎行う集会、今年の参加者は数百人でした。



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 よそものの会員も10人以上が参加し、武藤さんのメッセージを配布し、参加者達と日本の話もしました。  

 会員それぞれが手作りの日本の食べ物、飲み物を沢山用意し、色華やかな私達のブースには訪れる人も多く盛況でした。 皆と協力して8周年集会を成功裏に終えられた事を良き思い出として、これからの活動の糧にしていきましょう。  


 お疲れさまでした。

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福島からのメッセージ 

 今年も福島在住の武藤類子さん(福島原発告訴団団長、フクシマ・アクション・プロジェクト共同代表)からメッセージが送られてきました。日本語とフランス語でお知らせします。
3月10日にはメッセージのフランス語訳を読み上げる予定です。


 原発事故から丸8年の月日が経ちますが、変わらず福島に関心を寄せ、応援をして下さり、ありがとうございます。そして世界中の原発をなくすためのご努力に感謝致します。3.11が近づくと当時を思い出し、胸がざわつきます。そして今なお、事故によって起きた理不尽と苦しみが、終わらずに続いていることを再認識します。

昨年は、私にとって大きな一年となりました。2012年に告訴し強制起訴となった、東京電力元幹部の原発事故の責任を問う刑事裁判が35回も開かれ、その傍聴に明け暮れました。公判の中で、今まで闇に眠っていた多くの真実が明らかにされました。地震や津波の権威ある専門家たちで構成される政府機関が公表した予測では、福島県沖で巨大な地震津波が起きることは、十分注意すべき確率だったこと、それを受けて東電社員たちは津波予測の計算を行い15.7mの津波高を得て、具体的に対策も考えていたこと、3人の被告人はその情報を受ける様々な機会を持ちながら、対策を何もせずに原発を運転し続けたこと。それらが多くの証言、メール、議事録などの証拠から浮かび上がってきました。それに対し、被告人らは「見ていない、聞いていない、記憶にない、自分には権限がない」などと無責任な主張を繰り返すばかりでした。
   昨年末、検察官役の指定弁護士は論告で「被告人らは自らの事故の責任を否定し、他者に責任を転嫁しようとする供述ばかり」「原子力事業者の最高経営層に属するものの態度としては、到底考えられない」と指摘し、「被告人らに有利に斟酌する事情は何一つない」として、3人に業務上過失致死傷罪の上限となる禁錮5年を求刑しました。3月13日の東電側の最終弁論で結審し、判決は夏ごろになるでしょうか。
   事故を起こした企業の責任がきちんと問われ、これ以上悲惨な原発事故がもう二度と起きないように、裁判所が厳正な判決を下すことを心から願っています。世界からも関心を持って見つめて下さい。  
   さて、現在の福島の状況ですが、やはり新たな問題が起きています。東電敷地内のタンクにたまり続けるトリチウム汚染水の処分方法が検討され、海洋放出をすべきだと原子力を規制する立場の規制委員長が述べました。それに対し、経産省が開催した説明・公聴会では多くの市民が意見を表明し、汚染水は海洋放出をせずに陸上保管をするべきだと訴えました。もちろん漁業者も徹底抗戦の構えです。しかし、それらの声は昨年12月28日の汚染水に関する経産省の小委員会の議論では全く反映されませんでした。
 
   また、事故後福島県内に設置されたモニタリングポスト2400台の撤去の方針がやはり原子力規制員会から出されました。モニタリングポストの継続配置を求める市民の会が設立され、子育て世代の母親たちも含め多くの住民たちが各地での説明会で撤去に反対する声をあげています。県内の約1/3の自治体も撤去をしないでほしいという意見書を国に出しています。
 
 除染土を再利用しようとする実証事業では、市道に埋められる計画は住民の反対で中止になったところもありますが、同じような計画が別の市で進められています。帰還困難区域の農地のかさ上げ材としての再利用計画が飯舘村では進められています。  
  昨年、国連人権理事会の特別報告者が、子どもや出産年齢の女性に対しての避難解除の基準をこれまでの20mSv以下から年間1mSv以下まで下げることや、無償住宅供与などの公的支援の打ち切りが、区域外避難者らにとって帰還を強いる圧力になっていることなどを指摘しましたが、福島県は区域外避難者に対し打ち切り後に提供していた県の支援策も今年3月で終了し、今後公的な支援は行わないとしています。
   また、未だ帰還困難区域を含む浪江、富岡、葛尾、飯舘の4町村に対しても2019年度末までに仮設住宅の提供が全て終了すると福島県知事が発表しました。

事故当時18歳以下の甲状腺検査では、現在、甲状腺がんと診断された人が166人、がんの疑いが40人、合わせて206人と発表されています。
  しかし、昨年の甲状腺評価部会において、その中には含まれていないがん患者が11人いることが公表されました。また、県民健康調査を通さずに甲状腺がんを福島県立医大以外で手術している人が、民間の支援団体によって把握されていますが、県は県民健康調査以外の事例の調査はしないとしています。
   評価部会は今後原発事故との関連の検討に入るとしていますが、これでは、原発事故後の福島県内の小児甲状腺がんの正確な罹患数はわからず、正確な評価はできないと思います。検討委員会では、過剰診断による見つけなくてもよいがんを見つけてしまうとか、学校での一斉診断が人権侵害にあたると主張して、検査の縮小を提案する委員もいますが、継続の重要性や早期発見と早期治療を主張する委員との間で激しい議論となっています。
   今年になり、事故当時双葉町に在住していた11歳の少女の甲状腺等価線量が100mSv程度になると国の研究機関・放射線医学総合研究所の2011年5月の会議で報告されていたことが、東京新聞で報道されました。
   国は今まで「100mSvを被曝した子どもはいない」と発表していましたが、福島県伊達市の被曝線量を3/1に見積もった論文がその間違いを指摘されているなど、被曝と健康被害の関連はますます隠蔽が疑われる状況になっています。 
  皆さま、日本でもこの重苦しい現実の中で、それに抗おうと市民たちや心あるメディアが必死で頑張っています。遠くに、福島を想いともに歩んでいる仲間がいることが、私たちにとって力強い励みとなっています。世界の原発や核施設をなくし、安全で心地よく生きられる世界を創っていくために力を合わせていきましょう。

Message à toutes les personnes dans le monde qui continuent de se préoccuper de Fukushima 

Huit ans déjà se sont écoulés depuis l’accident nucléaire de Fukushima, et j’aimerais remercier toutes les personnes qui continuent de nous soutenir et de multiplier les efforts pour l’abandon définitif de l’énergie nucléaire. Comme chaque année à même époque, mon cœur se serre au souvenir du 11 mars 2011, tandis que j’en suis réduite au même constat : les injustices et les souffrances causées par l’accident se poursuivent indéfiniment.

Pour moi, l’année dernière a été à marquer d’une pierre blanche. En effet, après une plainte déposée en 2012 contre les ex-dirigeants de TEPCO, un procès au pénal, destiné à déterminer leur responsabilité dans l’accident de Fukushima, s’est enfin ouvert, et j’ai pu assister aux 35 audiences qui ont suivi. De nombreux témoignages, échanges de mails, procès-verbaux de réunions, ont permis de faire la lumière sur une série de faits restés jusqu’alors occultés : un organisme d’Etat, composé des meilleurs experts, avait estimé non négligeable, dès 2002, la probabilité d’un énorme séisme suivi d’un tsunami au large des côtes de Fukushima; au regard de ces conclusions, des employés de TEPCO envisageaient des mesures préventives contre un éventuel tsunami, évalué à 15,7 mètres ; les trois prévenus, mis au courant de ces prévisions à plusieurs reprises, ont continué de faire fonctionner la centrale sans prendre la moindre mesure. En dépit de ces preuves, ils n’ont cessé de contester leur responsabilité dans cette affaire. En décembre 2018, l’accusation a donc requis cinq ans d’emprisonnement à leur encontre - la peine maximum en cas de négligence professionnelle ayant entraîné la mort ou des blessures.
Le 13 mars prochain, le procès se conclura sur l’ultime plaidoirie de la défense de TEPCO. Pour le verdict lui-même, sans doute devrons-nous attendre l’été prochain. Nous espérons qu’un jugement aussi impartial que possible sera rendu, déterminant la pleine responsabilité de TEPCO, afin d’éviter que ne se reproduise un tel accident nucléaire. Nous espérons aussi que l’issue de ce procès sera suivie attentivement par l’opinion publique internationale.

Concernant la situation actuelle à la centrale de Fukushima, un problème nouveau se pose : le traitement des eaux contaminées au tritium, dont plus d’un million de tonnes continue d’être stocké sur le site même de Fukushima Dai-ichi. Le président de la Commission de Régulation de l’Énergie Nucléaire (NRA) propose tout simplement de les rejeter dans la mer, malgré l’opposition des pêcheurs de la région et d’un grand nombre de citoyens dont le Ministère de l’Économie et de l’Industrie (METI) ne tient aucun compte.

Par ailleurs, la NRA a exprimé son intention de supprimer 2.400 bornes de mesure de la radioactivité installées dans le département de Fukushima, à l’exception de celles placées dans 12 municipalités désignées comme « zones évacuées ». Cette mesure se heurte elle aussi à une forte opposition de la population locale. Un tiers des municipalités du département a présenté au gouvernement des requêtes demandant le maintien de ces bornes. Le projet expérimental visant à recycler les terres décontaminées est diversement accueilli : si l’initiative d’utiliser ces terres comme soubassement de routes a été abandonnée à la suite du refus des habitants dans certaines communes, dans d’autres, des projets similaires sont en cours de réalisation. C’est le cas à Iitate : ce matériau devrait servir à surélever des terres agricoles dans une zone si contaminée que les directives d’évacuation y sont toujours d’actualité.

L’an dernier, le rapporteur spécial du Conseil des Droits de l’Homme de l’ONU a recommandé au gouvernement japonais de reconsidérer le critère de retour dans les zones évacuées, en baissant le niveau d’exposition maximum de 20 millisieverts à 1 millisievert par an – bref, en revenant au niveau d’avant l’accident - pour les enfants et les femmes en âge de procréer. Il a aussi fait remarquer que la suppression des aides publiques, notamment aux personnes réfugiées de leur propre initiative hors des régions contaminées, représentait une pression qui les forçait à revenir dans leur commune d’origine. Or, le département de Fukushima, qui avait prolongé ses aides d’un an, va les supprimer à la fin de ce mois. Il supprimera également en avril 2020 l’offre de logements provisoires pour quatre communes fortement contaminées, incluant des zones encore interdites [Namie, Tomioka, Katsurao et Iitate].

D’après les examens de la thyroïde pratiqués à Fukushima sur les enfants et adolescents âgés de moins de 19 ans lors de l’accident, le nombre de cancers diagnostiqués excède désormais les 200, dont 166 cas avérés après opération. Mais l’année dernière, la sous-commission d’évaluation des examens de la thyroïde a fait état de 11 autres cas, non comptabilisés dans ces chiffres. D’ailleurs, un fonds d’aide à ces patients a découvert que certains d’entre eux s’étaient fait opérer ailleurs qu’à l’hôpital universitaire de Fukushima sans être soumis aux examens officiels du département, lequel a décidé de ne pas les inclure dans leurs études de cas. La sous-commission d’évaluation devrait entamer une recherche sur la corrélation entre l’accident et ce type de cancer. Mais son occurrence parmi les enfants et adolescents du département de Fukushima semble impossible à estimer dans la mesure où certains cas échappent à un recensement qui n’est pas effectué de façon systématique. Au sein même de cette commission, les polémiques font rage : certains proposent de réduire l’échelle des examens sous prétexte qu’ils entraînent un surdiagnostic, ou que, imposés dans les établissements scolaires, ils constituraient une atteinte aux droits de l’homme. D’autres au contraire insistent sur la nécessité de les poursuivre, afin de traiter le plus rapidement possible les tumeurs décelées au stade initial.
Au début de l’année, le quotidien « Tôkyô Shimbun » a diffusé une information selon laquelle, l’Institut National des Sciences Radiologiques – organisme d’État – connaissait déjà, dès le mois de mai 2011, le cas d’une fillette demeurant à l’époque dans la commune de Futaba, et ayant reçu à la thyroïde une dose équivalente à 100mSv. Or, jusqu’à présent, le gouvernement prétendait qu’« aucun enfant n’avait été exposé à de telles doses ». En outre, on vient de découvrir qu’une revue spécialisée avait publié un article comportant des erreurs, les doses absorbées par les habitants de Date (à environ 60km de la centrale accidentée) ayant été sous-évaluées de 2/3. Tout cela laisse à penser que la corrélation entre l’exposition aux radiations et les conséquences sanitaires a été soigneusement dissimulée par les autorités.

Les citoyens japonais et quelques médias intègres continuent de se battre courageusement pour triompher de cette réalité pesante. Savoir qu’existent, au loin, des personnes solidaires qui nous accompagnent dans ce combat, est pour nous une source d’encouragement et de réconfort. Unissons nos forces pour édifier un monde sans nucléaire, où l’on puisse vivre en sécurité et dans le bien-être.

Fukushima, mars 2019, Ruiko MUTO, « Femmes de Fukushima contre le nucléaire », déléguée de la partie plaignante au procès pénal intenté contre les dirigeants de TEPCO.

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福島原発事故8周年集会 ※場所が変わりました! 

 東日本大震災、福島原発事故から8年という月日が経とうとしています。 
 3月10日(日)14時半から18時まで、スターリングラード広場にて、福島原発事故8周年追悼集会を行います。

和太鼓の演奏から始まり、黙祷、福島からの便り、トランペットによる日本のメロディーへと続きます。 
 集会に参加する12団体からは、日本、フランス、世界の状況についてスピーチがあり、世界中から原発と核をなくし、安全な将来を次の世代へ残して行こうと呼びかけます。
 
 広場にはブースが出され、資料と共に日本の食べ物、飲み物も販売する予定です。是非ご参加下さい。
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2月2日 ノルマンディのコタンタン半島へ 

 早朝7時半に会員の運転する車で雨の降るパリを出発しました。

 目的地は、原子炉2基があり新たにEPRを建設中のフラマンヴィル原発、ラ・アーグの再処理工場、ラ・マンシュ(低・中レベル放射性廃棄物)保管センターがあるノルマンディのコタンタン半島です。

 道中は雨と霰の悪天候でしたが、現地に着いたら青空の広がり、空、雲、海の美しい景色が迎えてくれました。


 ポレット・アンジェさんとディディエ・アンジェさんご夫婦達との昼食後、彼らが現地を案内して下さいました。

 アンジェさんはフランス緑の党の創立者の一人で、CRILANという現地NPOで70年代から活動をされている方です。

 2018年10月にはオーストリアのNuclear-Free-Award Fondationから、反原発を40年間闘ってきた功績を称えられ、生涯貢献賞を受けられました。


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 青空のフラマンヴィル、海の向こう側にラ・アーグの再処理工場が見える。


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 フラマンヴィルの原発の後方に見える白い建物群はオラノ(アレバから改名)の再処理施設。


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 2月3日朝、パリ、リヨン駅での見送り。

 パリまで来て下さってありがとうございました。元気でヨーロッパツアーを続けてください。

 これからの更なるご活躍を心からお祈りしています。

 原発が世界から消える日をお互いに目標として!


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