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よそものネット

在外邦人と賛同者の 脱原発ネットワーク

8月9日 長崎に原爆が投下された日、核兵器廃絶アクションに参加 

 8月6日から9日までの核兵器廃絶アクションは昨年までパリ市で行われていましたが、
今年はパリ市同様に平和首長会議加盟都市であるディジョン市で行われました。

 2017年にノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン (ICAN FRANCE)を始め、その他のNPO約10団体による共催です。
 よそものからは会員3人が8月9日のセレモニーに参加しました。

 前日8日夕方にディジョン入りし、徒歩でフランソワ・リュード広場へ向かいました。
格調高き街並みの中にあるこじんまりとした広場です。2か所にテントを張り6日から断食している人たちに挨拶をし、彼らのテント内でバッジを広げ、ビラ配布を始めました。

DSC_2463.jpg     関心を持ってくれる通行人が少ないのは残念でしたが、50人程の断食者と談笑し、翌日のセレモニーの打ち合わせも済ませました。

 9日は朝10時から旧ブルゴーニュ公爵宮殿 である市庁舎前に位置する、広々としたリベラシオン広場でセレモニーの準備が始まりました。核保有国の旗を地面に置き、周りには反核を訴える横幕が並びました。

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 霊火が灯され、トランペットの荘厳な音色が流れ、11時2分には原爆犠牲者たちへ黙祷を捧げました。被爆者達よって書かれた詩の朗読と続きました。

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 よそものからは福島の現状に付いて報告し、地球を守ることが緊急課題であり、その為にも核兵器は廃絶され、原発は止める必要があると強調したテキストを読みました。
 バッジは2個しか売れませんでしたが、用意したビラ100枚は全て配布しました。

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 今年のアクションは、フランスで5か所、英国で4か所、ドイツで2か所、米国で3か所、コートイヴォワール、ニュージーランド、合計15か所、4大陸で行われたとの事です。

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category: アクション

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短編映画「東電刑事裁判 動かぬ証拠と原発事故」Youtubeで公開! 

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5月24日(金)気候の為の世界スクールストライキ 

午後1時、オペラ座の正面階段は若者達で埋まっていました。色とりどりの手作りプラカードには地球への思いが想像力豊かに表現されています。「Nucléaire Stop」と書いた黄色い手を持っていったら、数十枚があっという間に彼らの手に渡り、プラカードと一緒に並びました。

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    前回の3月15日には120か国で180万人の動員があったと報道されましたが、2回目の今日、パリの参加者数は1万5千人と前回の記録を上回り、その内9割は授業に行かずデモに参加した中学生、高校生等の若者でした。こんなに年齢層の低いデモは初めてだと思い、若い声のスローガンを聞きながら、オペラからレピュブリック広場までのデモコ―スをSNPの会員と共に「原発は気候を救いはしない」と書いた横幕を持って歩きました。

選挙権がない私達にはこうして声を届ける事しかできない、という危機感を伴った真剣な問いかけに大人達は早急に答えを出さなくてはならないでしょう。

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チェルノブイリ原発事故33周年 パリでのアクション 


   チェルノブイリ原発事故から33年が経ちました。SNPのアクションによそものからも参加しました。

   4月26日にはパリ東のバニョレ門で、翌27日にはパリの南のオルレアン門で首都高速にかかる陸橋に「原発は止めよう、カタストロフィを待たずに」と書いた垂れ幕を掛けるというアクションでした。

   下を通る車からは手が振られ、連帯が感じられ、こうした小規模のアクションもやりがいがあるとの感想でした。

   参加された方々、お連れ様でした。 1557139162398blob.jpg

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今中哲二さんの講演会 


   京都大学原子炉実験所の熊取六人組の一人として、福島原発事故以前から原発の危険性を訴え続けた今中哲二さんが来仏されました。4月8日から11日までの間、複数のNPOの共催によりフランスとベルギーで講演会が行われました。パリでは、8日にパリ2区役所で講演会、そして11日には12区にあるFPHの会場でドキュメンタリー映画「飯館村」(土井敏邦監督)上映の後、レクチャーと質疑応答という催しがあり、よそものからも数人が参加しました。以下講演会の報告です。

   広島に生まれた時から原発とは縁があるとのユーモアを交えた自己紹介から始まり、大学院の時に日本の原子力開発に疑問を持ったとの事でした。福島原発事故を振り返り、2011年3月15日に福島第一原発2号機の格納容器が壊れたとの報道があった時に、チェルノブイリになってしまったと思ったと語りました。  1557053230593blob.jpg  

   2011年3月29日と30日には飯館村で放射能サーベイ活動をし、南部の長沼地区で毎時30 マイクロシーベルトが測定された時は唖然とした事、村民達は4月22日に飯館村が計画的避難区域に指定されるまでの一か月以上の間、高い線量の中で普通に生活していたという事実、データを取っておかないと、後になって無かったことにされかねないから記録を残す必要があると話しました。

   2年後の2013年、村民にインタビューした際、2011年3月15日に白い服を着た人達が測定しに来たが、数字を聞いても教えてくれなかったと知らされた事、又、防災システムが存在していた事が事故後に分かり、そのマニュエルを読む限り良く出来ており、同システムが活用できていれば飯館村の住民も事故後早期に避難できていたはずだったと話しました。それができなかったのは政府内部が3月末まで大変な混乱状態で、メルトダウンしていたのだと表現しました。 1557053480683blob.jpg

   今中さんはチェルノブイリ原発事故後の影響にも詳しく、子供の甲状腺がんに付いても説明がありました。福島での発病は日本の他の地域に比べて30倍であるにもかかわらず、親が心配するから検査を減らそうという傾向にあるが、検査は拡大すべきであると述べました。汚染地域に住む以上被曝は避けられないが、どこまでがまんできるかは各個人によって違ってくる、各自の決断を国と東電は支える責任があると強調しました。  

   電力に付いても表と共に詳しい解説がありました。事故3年後から国は節電と言わなくなった事に気が付き、調べてた所電力は余っている事が判明した、3年間原発は止まっていたが電力に困らなかったし、これから需要は減る傾向にあり、原発を止めるいい機会であると説明しました。原発事故が起きたら住めなくなる地域が出るので、何が大切かを皆で考えましょうと講演を締めくくりました。  1557053557194blob.jpg 1557053643016blob.jpg

   今中さんと食事を共にする交流会も2度あり、福島原発事故、8年後の現状、そして将来に付いて、多くの事実と示唆に富んだお話を伺う事が出来ました。

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